• Robin Kegel ロビン・キーガル
    SURF / PEOPLE
    2000年代初頭、カリフォルニアのサーフシーンに
    彗星のように現れた天才サーファーがいる。
    その名はロビン・キーガル。サーフボードの作り手として、
    その後のロングボードシーンに大きなインパクトを与えた。
    無名の時代から現在まで、レンズを通して見つめてきた写真家が、
    奇才の内側に迫る。
    In the early 2000s, a prodigious surfer burst upon the California surf scene.
    His name is Robin Kegel. As the creator of surfboards,
    he had a much impact on the subsequent longboard scene.
    A photographer who has looked through the lens from his days of obscurity to the present day,
    takes us inside the mind of a prodigy.

    Robin Kegel

    ロビン・キーガル

    Pero◎文・写真

     彼と初めて遭遇しセッションした時のことを覚えている。
     うまく表現できないけれど、とにかくエキセントリックに激しかったという感覚だ。初めて楽器を与えられた子供が、兎にも角にも激しく奏でている感じだけでない、凄い何かがあったといえば伝わるだろうか。彼はいつも忙しかった。だが何故だろう、そのリズムは悪くなかったしむしろ引き込まれる感じだったと思う。決して闇雲な感じではなく、古典的なルールから外れてはいなかったのか居心地は悪くないのだ。
     Nikon Fe-2を持っていた僕は自然とカメラを構え何回もフィルムチェンジしていた。その時は、新しく越してきた家のガレージに突然、コンパネを打ち付けてバンクを作りスケートをしようとしていた。普通だったら即、退去させられるようなことを平然と行っていた、どこからか、スケーターと思われる近所の金髪ロン毛の子供も来て、数人で壁を責めまくり2時間ほどして作ったバンクが押し潰れてそのセッションは幕を閉じた。そのコンパネは本当はガレージをシェイプルームに作りかえるものだったということに気付いても、もうそれはゴミとなっていた。でも、その場を共有した皆がやり尽くし恍惚とした顔をして、ビールを飲んでいたのを覚えている。

    カリフォルニア、ダナポイントのスケートパークにて。ベアフットがロビンらしい。2005年

     ロビン・キーガルは天性の素質なのか人を魅了する術を知っていた。
     その時の彼は、シェイパーとしての才能を開花させようとしている時だった。
     まさに、昔のサーフィン黄金時代にガレージシェイパーという言葉ができたように、彼は自宅の一階の駐車場をシェイプルームとしてスタートしようとしていたのだ。彼は、先人をなぞらえるかのよう導かれたように自らのシェイパー人生を始めた。そして、創り上げるボードの形とその配色においても、時代の先を見据えたかのように革新的で美しいボードをカリフォルニア、サンオノフレビーチで披露し続けていた。誰もが羨む美しく彼の作り上げたボードには、コーディ・シンプキンス(Cordy Simpkins)、CJネルソン(CJ Nelson)、アレックス・ノスト(Alex Knost)、クリスチャン・ワック(Christian Wac)と、2000年代前半のシングルフィンロングボーダーの中でもとびきりイカしたサーファー達が彼のボードの特性である尋常でないスピードのボードを、稀有な才能で見事に乗りこなしカリフォルニアの波に美しい弧を描いていた。その様子はまるで、彼の飼育していた極上の暴れ馬を乗りこなすロデオ達ではなく、馬に跨り踊り舞うイカしたエトワール達といった感じであろうか。しかもロビンは、その暴れ馬を育て上げるだけでなく、自らも極上の暴れ馬を見事に乗りこなしてしまうところがさらに皆を引き付けたのだろう。彼が創り出すボードは、その時点ではまだ本当に彼の求める極上のボードではなかったのか。彼は間違いなくさらに新しい何かを追いかけボードを作り続けていた。目の肥えてイカしたエトワール達が彼のボードを求めたのは、ただ奇抜なのではなく、歴史に基づいた上で推敲に推敲を重ねロングボードを進化させようとしていたことを理解していたのは紛れも無い事実であった。そして皆、彼の奇行には頭を抱えただろうが、彼を誰よりも早く評価していた。

    ウエスタンサハラ。2011年

     彼はとにかく、その時のイカしたサーファー、その時代の本物達を巻き込んでいた。
     出会ってから数十年、今やロビンのことはシングルフィンロングボードが好きなサーファーだけでなく彼の幅広いバイタリティーにより数多くの人々が彼のことを周知している。彼の各国への旅、ロビンにとってのテストボードの旅にはサーファーであるだけでなく色々な職種の人々が同行していて、その中にはミュージシャン、洋服のデザイナー、芸術家(!?) 、シェフ、弁護士、素敵な女の子達、本当に多種多芸なキャラの強いサーファー達が彼の周りには集まる。波乗りにだけ没頭しているようなロビンだが、幼少時代の教育が恵まれていたのか芸術や音楽に造詣が深く、そこからインスパイアされボードに反映させている側面がある。だから、意識の高い方々にもというか、そういう方々の方が彼の創り上げたものを愛しているように思える。

    ロビンのシェイピングはミュージシャンのようなグルーヴ感が漂う。2009年、湘南

     シングルフィンロングボードは歴史があり素晴らしく懐古的で美意識の高い文化である。波の力のあるところにボードセットして危ないポジションにいてもボードの上でグラつかず優雅に乗りこなし、誰にも似てない所作が生み出されヒーロー達が生まれた、そこには乗り手であるサーファーだけでなく、ボードの創り手であるシェイパーとが互いに響きあって進化し続けた証だ。現在になり、懐古的で美意識の高い文化なら、昔のヴィンテージボードをそのまま乗り続けるという考えももちろんある。だが、老舗のラーメン屋の言葉ではないが、「昔と変わらぬ味というのは、同じではなく少しづつ今の時代に合わせ食材や調合を変えている」のだ。終わることのない微調整ということであろうか、波乗りで言うところの「トリム」である感じがたまらない。ヴィンテージボードは変わらぬままだが、自然環境の変化によりポイントごとの波の質は変わっているので、同じ環境であの頃を体験するということはとてもシビアなことだと思う。今の波でヴィンテージボードに乗るということは、一つのスタイルとしてとてもイカしている。だがロビンのアプローチはそこからまたさらに違う角度の、彼独自の美意識から発展している気がする。

    アレックス・ノストとともにダナポイントのシェイプルームにて

     1960年代後半から1970年代にかけて革命的な進化を遂げたショートボードレボリューション期、ロングボードよりさらに急激なターンを求めボードが短くなっていった歴史があるが、「ロングボードが進化したとしても急激なターンは求められるはずさ。それを俺は創る」というようなことをロビンが話してくれたことを覚えている。ロングボーダー達からすればなんと嬉しい救いの言葉だろうか。それとも、ロビンは天邪鬼なのか。 僕から見るとその流れは自然と導かれているような感じもあった。彼の生活は全部波乗りのことだけで溢れていた。食事をした後も波乗りや次に創り上げるボードの話ばかりしていた。そしてその時には不思議といつも綺麗な音楽が流れていた。ワーグナーであったりマイルス・デイビスやセロニアス・モンクさらにオペラであった。とりわけ多かったのはジャズだったかな。彼が深夜遅くにシェイプしていた時に流れていたのを覚えている。彼の作品に対するアプローチは極上なものの中に身を置き、さらに極限的なものを生み出す、そんな感じだ。

    サンオノフレでのサーフセッションを終えて。映画『レボリューション』を観ながら帰路

     彼は本気でその中で生きることを覚悟していたようにも思う。その中とは美意識だ、彼は食事も手を抜くことなく、お金に糸目をつけず贅沢の限りを尽くし自分の肥やしにしていた。
    「お前が食事している時も俺は波乗りのことを考えている」
    「お前が寝ている時も俺はボードをシェイプしている」
    「お前が波に乗りをしている時、もちろん俺も波に乗っている」
     有名なボクサーの言葉ではないが、そんな感じだ。
     もしかしたら彼の生い立ちがそうさせたのかもしれない、きっと彼はこの世界にしか居場所を見出せなかったのだろう。家庭環境の関係で、彼にとってビーチこそが自分の居場所だった。そして、自分という存在を示し頭角を現し続けてきた。彼の特筆すべきところは、心がとてもハングリー精神と探究心に満ち溢れて、至極の作品を創り上げたいという思いが込められていることだ。人生をそれだけに賭け、走り続けているなんて最高な覚悟ではないか。そして、ロビンの創るボードは、ある種のオートクチュールの洋服や陶芸品のようなものになってくるのではとさえ思う。

    カリフォルニア、サンオノフレ。ロビンとのファースト・フォトセッション。2005年

     彼はこれからもシングルフィンロングボーダー達だけでなくサーファー達を巻き込んでゆくのだろう。まるでハーメルンの笛吹きかのように、その後の結末と解釈は個人に委ねられるかのように。そしてロビンには終わることのない微調整をし続け、シングルフィンロングボーダーを導いていって欲しい。
    「Surf is Free」
     青山でのロビン主催の初めてのイベントでさりげなく掲げていた言葉。その話はまたどこかで。

    ペロ
    写真家。鵠沼生まれ。ロビン・キーガルを始め、国内外のサーファーと旅をして写真に収めることをライフワークとしている。サーファーのライディングはもちろん、独自の視点で撮影するライフスタイルシーンやポートレートにも定評がある。ウェブギャラリー(https://www.perophoto.com/)にて、作品の注文も可能

    Robin Kegel

    Text & Photos: Pero

    I remember the first time I encountered and had a session with him.
    I can't describe it well, but it was eccentrically intense. He wasn't just like a kid who had been given an instrument for the first time and was playing it with intensity. He has something wonderful. He was always busy. But somehow, I didn’t think the rhythm he played was bad, in fact, I think I was charmed by how it was. I wasn’t feeling like being in the dark. I didn’t feel uncomfortable while being with him. Perhaps he didn’t ignore the rules. That’s why.
    I had a Nikon Fe-2, and I naturally set up the camera and changed films several times. At the time, he was suddenly trying to skate in the garage of the house he had newly moved into, hammering down plywood panels to make banks. He was doing things that would normally get them evicted immediately without a second thought. A blonde kid who seemed to be a skater came over from somewhere, and after about two hours they beat up the walls together, the banks were crushed and the session was over. When we realized that those panels were meant to remake the garage into a shaping room, they were already trashed. But I remember everyone who shared the moment was ecstatic to have done it and was drinking beer.

    At the skate park in Dana Point, California Barefoot! It’s so Robin.

    Robin Kegel knew how to charm people. Perhaps it was his natural disposition. He was about to develop his talents as a shaper. He was going to start a shaping shop in the garage of his house, just as the term "garage shaper" was coined in the golden age of surfing.
    As if he was guided by his predecessors, he began his own life as a shaper. He continued to create innovative and beautiful boards with shapes and color schemes in San Onofre Beach, California, just like looking ahead of the times. Cordy Simpkins, CJ Nelson, Alex Knost, and Christian Wac were the coolest single-fin longboarders in the early 2000s. They rode his beautiful surfboards that everyone would envy. Moreover, they rode them with extraordinary speeds that were characteristic of his surfboards with rare talent, and they made beautiful arcs on the California waves.

    When they rode the boards Robin shaped, they didn’t look like the rodeo riders on the restive horses, but they were like the best and the coolest ballet dancers dancing with those horses.
    Moreover, Robin probably attracted everyone even more because he didn’t only create those boards, but he was the best of the best rider of his surfboards. Was the board he was creating still not the superb board he had pursued then? He was chasing something new and different.
    Definitely, the boards that Robin shaped were different from others. That’s not the only reason those coolest and discerning surfers wanted to ride his boards. But they deeply understood that Robin was trying to evolve the longboard based on history and after much elaboration and refinement. Although they might have been annoyed by his eccentricities, they were more quick to appreciate him than anyone else.

    Western Sahara, 2011

    He got the coolest surfers and those who were in pursuit of authenticity in those days involved with his work. Decades after we met, Robin is now well known not only by surfers who love single-fin longboards but also by countless others, thanks to his wide-ranging vitality.
    Robin's test board trips to many countries are accompanied by people in all types of business, not just surfers, including musicians, clothing designers, artists (!?), chefs, lawyers, and nice girls. He is surrounded by surfers with strong characters who are truly multifaceted.
    Although Robin seems to devote only to surfing, his childhood education may have affected him to acquire deep knowledge of art and music. He is inspired by it and reflects it when he makes his boards. So, it seems to me that people who are very conscientious love what he has created.

    Robin's shaping is as groovy as a musician's. Shonan, 2009

    Single-fin longboards have a long history and are a wonderfully nostalgic and aesthetically pleasing culture. The heroes were born from the precise manner in which they rode gracefully without wobbling on their boards, even when they were in dangerous positions, setting their boards where the waves were strong and dangerous.
    There is proof that not only the surfers but also the shaper, the creator of the board, have continued to evolve in harmony with each other. Thinking about Nostalgic and aesthetic culture, of course, there is the idea of continuing to ride the old vintage boards as they were. However, in the words of a long-established ramen noodle shop, "The same old taste is not the same old taste, but rather a little bit of seasoning and ingredients have been changed to suit the current times.” A never-ending fine adjustment, which is a "trim" as in surfing, sounds fascinating.

    At his shaping room in Dana Point with Alex Knost

    Vintage boards remain the same, but the quality of the waves at each point has changed due to changes in the natural environment, so it is so hard to experience those days in the same situation. You can say that riding a vintage board in today's waves is a very cool style. But I think Robin's approach has developed from a different angle, from his kind of geek knowledge.
    The revolutionary evolution of shortboards in the late 1960s and 1970s was a period of the shortboard revolution when boards became shorter and shorter to make more rapid turns than longboards. I remember Robin saying, “Even if longboards evolved, you'd still be expected to make sharp turns, and this is what I will create.” What a welcome relief for long boarders. Or is Robin a contrarian?
    From my point of view, it was as if he was being guided by nature. His life was all about surfing. Even after dinner, he was always talking about surfing and the next board he was going to create. And, strangely enough, there was always beautiful music playing at that time.
    It was Wagner, Miles Davis, Thelonious Monk, and even opera. I think jazz was the most common. I remember it being played when he was shaping late at night. His approach to his work was to place himself in the midst of the finest and create something even more extreme.

    After a surf session in San Onofre, California Heading home while watching the movie "Revolution"

    I think he was seriously prepared to live in “It”. “It” means aesthetics sense. He never skimped on his meals, and he lavished himself with every possible luxury without regard to money.
    "When you're eating, I'm thinking about surfing.
    "When you're sleeping, I'm shaping boards.
    "When you're riding the waves, of course I'm riding the waves."
    Not the words of a famous boxer, but that's how he goes.
    His childhood might make him find his place only in the surfing world. Because of his family background, he has felt comfortable at the beach.
    And he has continued to show who he is and made a name for himself. What is noteworthy about him is that his heart is filled with a hungry and inquiring spirit and a desire to create the ultimate work of art. Isn't it great determination to bet his life on that and keep running? And I even think that the boards Robin creates will be like haute couture clothing or ceramic works.

    San Onofre First photo session with Robin, 2005

    He will continue to engage surfers as well as single-fin longboarders. Like the Pied Piper of Hamelin, the consequences and interpretations will be left up to the individual. I hope Robin keep on making a fine adjustment and leading the single-fin longboarders.
    “Surf is Free."
    These words were casually displayed at the first event hosted by Robin in Aoyama. We will talk about it again somewhere else.

    Profile
    Photographer. Born in Kugenuma. His life work is to travel and photograph surfers in Japan and abroad, including Robin Kegel. He is known for his surfers' riding, lifestyle scenes, and portraits taken from his unique perspective. You can order his works at the web gallery. https://www.perophoto.com/

  • FISH 海の上のスケートボード
    SURF
    サーフィンの世界では、時代とともにさまざまなボードがトレンドになった。
    中でも、1960 年代に登場した“ フィッシュ” は、その生い立ちや乗り心地など、
    スケートボードに最も近い存在だ。
    In the surfing world, different boards have become trendy over time.
    Among them,“FISH” which appeared in 1960s is the surfboard
    considered to be the closest to the skateboard regarding its history or quality.

    FISH

    海の上のスケートボード

    OFF SEASON◎文・写真

     「フィッシュ」というサーフボードをご存知だろうか? サーファーだったら、きっと名前を聞いたことがあるだろうし、もしかしたら乗ったことがあるかもしれない。幅が広く、テールと呼ばれる末端部分は、文字通り魚の尻尾のような形状をしていて、一般的なサーフボードとは大きく見た目が異なる。サーフボードはシェイパーと呼ばれる職人によるハンドメイドだ。基本的にオーダーメイドなので、世の中には無数とも言えるボードデザインがある。その中でも、もっともスケートボードに近いフィーリングが味わえるボードがフィッシュかもしれない。

     スピードが早く、細かいターンができる。バーティカルな動きにはあまり向いてはいないが、何よりも自分が思うようなマニューバができる。「まるで裸足で滑っているような感じだ。海の上で自由になれるんだ」と、フィッシュの名付け親でもあるベテランサーファー、ジェフ・チンも語っている。フィッシュがスケートボードと相通じるのは、その生い立ちが似ているからかもしれない。

     フィッシュが生まれたのは1965 年。場所は南カリフォルニアのサンディエゴだ。1960 年代は激動の時代だった。第二次世界大戦が終焉して20 年あまり、世界は落ち着きと安定を取り戻していた。しかし、若者達は既存の体制に疑問や不満を内包しつつあった。特にアメリカでは、ベトナム戦争を契機に若者達に火がついた。音楽、社会、アートいろんな分野で、既存のメインストリームに対抗するムーブメントが起きた。いわゆるヒッピーやフラワーチルドレンに代表されるカウンターカルチャーだ。1969 年に開催されたウッドストックや反戦運動などは、象徴的な出来事だろう。「もっと自由を!」、これが若者達の声だった。サーフィンの世界も、このカウンタカルチャーの潮流の真っただ中にあった。1960 年代までロングボードと呼ばれる3m以上の長さのサーフボードが主流だったが、'65 年以降、年々、短くなっていったのだ。「もっと海の中で自由に動きたい」、そんな新しい世代のサーファー達の願望がこの「ショートボード革命」というムーブメントを引き起こした。フィッシュは、このショートボード革命の申し子と言っていいだろう。「もっと自由に!」、「もっと速く!」、そんなラディカルでコアなサーファー達の願望が生み出したのだ。

     スケートボードも時を同じくして、大きな変貌をとげていく。1959 年、初めてコンプリートのスケートボード「ローラー・ダービー」が売り出されて以降、全米で人気を呼びスケートボード・ブームを呼ぶ。しかし、1960 年代末、サンタモニカから革命が起る。カリスマサーファーでシェイパーであったジェフ・ホーが、モールドプラスティック製の軽量スケートボードを生み出したのだ。より自由に滑ることができる革新的なボードだった。このエボリューションにより、トニー・アルバ、ジェイ・アダムスなど「Z ボーイズ」が誕生したのは、往年のスケーターならよく知っていることだろう。

     フィッシュの生みの親は、サンディエゴのニーボーダー、スティーブ・リズだ。ニーボードは一般的なサーフィンと異なりボードの上で正座をしてライディングをする。ボードを手でホールドすることができ、重心が低く安定性もあるから、より波の際どいポジションからテイクオフできる。そのニーボードの浮力を増して立って乗れるようにしたのが、フィッシュというわけだ。その成功のカギとなったのが、フィンだ。フィッシュをひっくり返してみると、テールの部分にサメの背びれのようなパーツが二つ付いているのがわかる。スケッグとも呼ばれ、サーフボードのターンや安定性を確保するためにはなくてはならない。特に、フィッシュのフィンはキールフィンと呼ばれ、サイズとボリュームがある。当時は木片を削り出して作ったのだが、その材料となったのが、なんとスケートボードだった。デッキはサイズも厚さもフィンに手頃だった。乗らなくなったスケートボードをリサイクルしたというわけだ。その生い立ちだけでなく、フィッシュとスケートボードは不思議な縁でつながっている。

     一時はサーフシーンを風靡したフィッシュだが、その後は廃れてしまった。コンテストを主眼としたレーシングカーのようなサーフボードが主流になったからだ。しかし、ここ数年、再び注目を集め、リバイバルを果している。「もっと自由に波に乗りたい!」というフリーサーファー達によって。

    FISH
    映画『FISH』は必見。フィッシュの歴史や醍醐味を、マーク・リチャーズ、ロブ・マチャドなど有名サーファーに取材・構成した骨太ドキュメンタリー

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    FISH  Skateboard on the Ocean

    Text & Photo: OFF SEASON

    Have you ever heard of a surfboard called "Fish"? If you are a surfer, you have probably heard the name and maybe even ridden it. It is wide, and the end part, called the tail, is shaped like a fishtail, making it very different in appearance from a typical surfboard. Surfboards are handmade by artisans called shapers. Since they are basically custom-made, there are countless board designs out there.

    Among them, the board that feels the closest to a skateboard may be the fish surfboard. It is fast and can make fine turns. It is not very good for vertical movement, but it allows you to do the maneuvers you want. “It's like gliding barefoot on the ocean. I can be free when I ride that board.” said veteran surfer Jeff Chin, a godfather of “Fish”. Perhaps fish surfboards have in common with skateboards due to their similar origins.

    Fish surfboards were first built in 1965 in San Diego, South California. The 1960s were turbulent times. A little more than two decades after the end of World War II, the world had regained calm and stability. However, young people were beginning to internalize doubts and dissatisfaction with the existing system. Especially in the United States, the Vietnam War sparked a fire among young people. Movements against the existing mainstream emerged in various fields of music, society, and art. It was the counterculture represented by the so-called hippies and flower children. Woodstock and the anti-war movement in 1969 would be iconic events. “More freedom!” It was the voice of the youth. The surfing world was also in the midst of this counter-culture trend. Until the 1960s, surfboards over 3 meters long, called longboards, were the mainstream, but since '65, they have become shorter and shorter every year. The desire of the new generation of surfers to "move more freely in the ocean" led to the "shortboard revolution" movement. Fish surfboards could be said to be the children of this shortboard revolution. They were created by the desire such as more freedom and faster by radical and core surfers.

    Skateboards also transformed massively at the same time. In 1959 the first complete skateboard, the "Roller Derby," was put on the market. It became popular throughout the United States and led to a skateboarding boom. But at the end of the 1960s, a revolution took place in Santa Monica. Jeff Ho, a charismatic surfer and shaper, created a lightweight skateboard made of molded plastic. It was an innovative board that allowed boarders to skate more freely. This evolution gave birth to the "Z Boys," including Tony Alba and Jay Adams. Skaters of yesteryear would know this well.

    The creator of fish surfboards is Steve Liz, a San Diego-based kneeboarder. Kneeboarding differs from general surfing in that the rider sits upright on the board. Since they can hold the board in their hands and have a low center of gravity and stability, it is possible to take off from a more wave-critical position. The fish is a board with increased buoyancy of kneeboards that can be ridden standing up. The key to its success is the fin. If you turn the fish over, you will see two shark dorsal fin-like parts attached to the tail. Also called skegs, they are indispensable for surfboard turns and stability. In particular, fish fins are called keel fins and have size and volume. At that time, they were made by carving out pieces of wood. Surprisingly, the material used to make them was skateboards. The deck was reasonable in size and thickness for the fins. So, they recycled skateboards they no longer ride. In addition to their origins, fish surfboards and skateboards were connected by a mysterious bond.

    Fish surfboards dominated the surf scene for a time but then fell into disuse. It is because surfboards like racing cars, whose important focus is on contests, have become mainstream. However, in the past few years, fish surfboards have come back into fashion. Free surfers who want to ride the waves more freely have revived them.

    FISH
    The film "FISH" is a must-see. The film is a documentary about the history and the real joys of FISH, with interviews by famous surfers such as Mark Richards and Rob Machado.

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  • Jeff Ho 伝説のZ-BOYSを作った男
    SURF / SKATE / PEOPLE
    ’60 年代末から’70 年代にかけて、
    サーフィンそしてスケートの世界で革命を起こした、ジェフ・ホー。
    ある小さな偶然が、この男と写真家の若者に大きな出会いをもたらした。
    Jeff Ho revolutionized the world of surfing and skating
    in the late ’60s and ’70s.
    One small coincidence led to an encounter
    between this man and a young photographer.

    Jeff Ho

    伝説の Z-BOYS を作った男

    CHAR◎文・写真

     2000 年の冬、僕はハワイ、オアフ島ノースショアでサーフィンとサーフィン撮影に明け暮れて いた。オフの日、友達から借りたサーフボードが調子よく、サーフィンが楽しくってしょうがな かったのを覚えている。
     そのサーフボードはウイングのはいったスワローテールのトライフィン、少し厚めで幅は広く 短いボードだった。多分年代は '70 年代ぐらいのボードで黄ばんだ古臭いずんぐりむっくりなボ ードだったが、小波からサイズのある波までサーフィンできる最高に調子のいいボードだった。 今から思えば最近のデザインのボードとしても通用するサーフボードだった。そんな友達から借 りた大切なサーフボードを僕はインサイドで岩にぶつけてしまったのだ。そのサーフボードの持 ち主はププケアに住んでいるシェイパーと聞き、あやまりに行くために友達に地図を書いてもら い向かった。その当時ノースの山のププケアには広い平屋の家がポツンポツンと建ち、植物がジ ャングルのように生い茂りオールドハワイといった感じの環境のいい素晴らしいところだった。 その一番はずれにシェイプ小屋があった。小屋をノックするとサーフボードをシェイプ中だった のか真っ白に粉まみれの長髪で髭を生やした男と大きな犬が現れた。ただ者ではない雰囲気をし たその男は、ジェフ・ホー(Jeff Ho)さんだった。それが僕とジェフ・ホーさんとの初めての出会いだった。
     '70 年代アメリカ西海岸の「ドッグタウン(DOGTOWN)」を舞台に、スケートボードで革命を 起こした伝説のスケートボードチーム「ゼファー・スケートボード・チーム(Zephyr Skateboard Team)」、「Z ボーイズ(Z-BOYS)」の中心人物の一人であり、「ゼファー・サーフボ ード(Zephyr Surf Board)」 のレジェンドシェイパーのジェフ・ホーさん、もちろんその名前は 聞いたことはあったが詳しいことは全く知らなかった。その頃はまだあの有名な映画 『DOGTOWN & Z-BOYS(ドッグタウン・アンド・Z ボーイズ)』が公開される前だった。僕は サーフボードを壊したことを素直にはなして謝罪した。怒られることを覚悟して、いくらか弁償 しなければならないだろうと思っていた。しかしジェフさんは僕がカメラマンだと知ると、弁償 の代わりに自分のサーフィンを水中撮影しろと言ってきた。信じられないがそれで許してやるということであった。

    丁寧にシェイプしサーフボードに魂を吹き込むジェフ・ホー

     ワイメアのインサイドピンボールでジェフさんのサーフィン撮影をして、フィルムを現像に出 し、一緒にメキシカンフードを食べ、ビリーヤードをやりながらサーフィン、スケート、仕事、人生、 いろんな話をしたのをを覚えている。とにかく自分を信じて、好きなことをとことんやれと教えてもらった。その当時ノースでは、フィルムを現像に出して仕上がり手に届くまで 1 週間かかっていた。その1週間の間、ロッキーやパイプラインなどノースショアのポイントで撮影をした。どのポイントでもジェフさんは一番沖で波を待ち、一番大きな波を狙っていた。ボトムで水面に手が触れるほどしゃがみ込み、アグレッシブにうごくジェフさんはかっこよくて、その姿はまさに Z ボーイズだった。

    映画『DOGTOWN & Z-BOYS』の1コマ。ジェフ・ホーが作った世界 Photofest/A.o

     「チャー! シェイプの写真を撮影してくれないか。そしてこのシェイプ小屋の写真も撮影してくれないか。いずれこの小屋もなくなるからな…」と大声で笑いながらジェフさんは言った。 僕にとって願ってもない撮影依頼だった。報酬はいくらだと聞いてきたが、僕は「お金はいらない、 逆に払うのでサーフボードがほしい」と言うと笑いながら「OK」と言ってくれた。僕からすれば写真を撮影させてもらって、サーフボードまでシェイプしてもらえるなんて夢のような話だった。僕みたいな若造のカメラマンを一人前として認めてくれて、ギブアンドテイクの精神で接し てくれて、なんて懐の深い人だと思った。
     シェイプ小屋の中は物が散乱していたが、必要なものはすべて手の届くところにあるシェイプ ルームだった。昔にシェイプした年代物のサーフボードから最近シェイプしたものまであり、一 本ずつ見せて説明してくれた。エフカイビーチでサーフィンするような短いサーフボードからワ イメア用の長いガンまでそろっており、ここでシェイプしテストライドしてサーフボードを進化 させているのであった。常に何か新しいことに挑戦しているようだった。ジェフさん自身用と見 せてくれたサンセット用のガンは、長く重たくシャープでエアーブラシされたサーフボードはそ れだけで存在感があった。まさに "JEFF HO" の魂だった。フォームを取り出しメジャーで計り、 おもむろにノコギリで切り始めた。一度シェイプが始まると神がかったように集中し、僕は全く 声をかけられなかった。それはまるでサーフボードにジェフさんの息遣い、魂を吹き込む、そん な作業であった。僕も撮影に集中して何時間たっただろうか、一気にサーフボード一本をシェイ プして仕上げた。この大量生産大量消費の時代に、逆行するようにハンドシェイプで仕上げるサ ーフボードは唯一無二であった。
     今もジェフさんとは連絡を取りあいながら、ジェフさんのアートブックのプロジェクトを一緒 にすすめている。いつできあがるのかわからないがまちどうしい。仕事に対するプライドや情熱、 人生で大切なこと、いろんなことを僕に教えてくれるジェフさんは、僕にとって先生みたいな存 在である。目に見えない物に価値を置き、神秘的でそれと同時に心の深いジェフさんは今もなお、 僕を魅了してやまない。

    日が傾く頃、常連が集まってくるヴェニスのスケートパーク、ジェフ・ホーのいつもの風景

    CHAR
    写真家。万物に宿る魂、内側に存在する普遍的なものを独自の視点で捉え、ドキュメントを始め枠を超えた様々な分野で活動している。自然と共存し捉えた光は、力強く生命の輝きにあふれている。www.charfilm.com

    Jeff Ho

    Text & Photos: CHAR

     In the winter of 2000, I was spending all my time surfing and filming on the North Shore of Oahu, Hawaii. On my off days, I borrowed a surfboard from a friend and was having a great time surfing. The surfboard was a winged, swallow-tailed, tri-fin. Slightly thicker, wider, and shorter board.
    The board was probably from the '70s, yellowed, old, and stocky, but it was a great board for surfing small to large waves. Looking back on it now, it was a surfboard that could be considered a modern design. I borrowed it from a friend and smashed it against a rock on the beach. I heard that the owner of the surfboard was a shaper who lived in Pupukea, so I asked my friend to draw me a map to visit him and apologize. At that time, Pupukea on Oʻahu's North Shore was a wonderful place where there were a few spacious one-story houses, and plants were growing like a jungle, just like old Hawaii. There was a shaping shack at the far end. I knocked on the door and a man with long white powdery hair and a beard, also a big dog appeared. Probably he was shaping a surfboard. The man, who gave off an unusual vibe, was Jeff Ho. That was my first encounter with Jeff Ho.

    Carefully shaping and breathing soul into a surfboard

     Jeff Ho, the legendary shaper of Zephyr Surfboard and one of the core members of Z-Boys, the legendary skateboard team that revolutionized skateboarding in Dogtown on the west coast of the United States in the 1970s. I had heard of his name “Jeff Ho”, but I didn't know anything about him. It was before the famous movie “Dogtown & Z-Boys” was shown. I honestly told him what I did, and apologized for breaking his surfboard. I was ready to be told off and I thought I would have to pay some money for it. But when Jeff found out that I was a photographer, he offered to take underwater photos of him surfing instead of compensation. I couldn't believe it, but he said he would forgive me.

     I remember shooting Jeff's surfing at Inside Pinball in Waimea, getting the film developed, eating Mexican food together, and talking about surfing, skating, work, life, and more while playing billiards. He taught me to believe in myself and to do whatever I want. At that time in North Shore, it took a week to get the film developed. During the week, I took photos of him at Rocky, Pipeline, and other points on the North Shore. At every point, Jeff waited for the biggest wave offshore and tried to get the biggest wave he could. Jeff was so cool as he crouched down on the board and aggressively surf, just like the Z boys.

    scene from the film "Dogtown & Z-Boys. The world created by Jeff Ho  Photofest/Aflo

     "Char! Can you take some pictures of me shaping? Also, this shack? This shack will be gone sooner or later..." Jeff said, laughing out loud. It was the best thing that could have happened to me. He asked me how much I'd be paid, but I told him I didn't want any money. I said I’d rather pay for the surfboard he shaped. He laughed and said “All righty!” From my point of view, it was like a dream to be allowed to take pictures and even to have my surfboard shaped. He accepted a young photographer like me as one of his own, and treated me with a spirit of give-and-take. The inside of the shack was a mess of stuff, but the room had everything he needed within easy reach. There were vintage surfboards from the past as well as recently shaped ones, and he showed and explained each one. He had everything from short surfboards for surfing at Ehukai Beach to long ones (aka guns) for Waimea. He had shaped, tested ride, and evolved his surfboards. It seemed like he was always trying something new.
    The Sunset Gun Jeff showed me was for himself, a long, heavy, sharp, airbrushed surfboard with presence. It was the very soul of "Jeff Ho". He took out a form, measured it, and began to cut it with a saw. Once he started shaping, he concentrated as if he was possessed by the supernatural, so that I couldn't speak to him at all. It was like breathing Jeff's breath and soul into the surfboard. I was so focused on the shoot that I didn't realize how many hours had passed. He shaped and finished one surfboard at a stretch. In this age of mass production and mass consumption, a hand-shaped surfboard was a one and only product.

    I am still in touch with Jeff and we are working together on his art book project. I'm not sure when it will be ready, but I'm looking forward to it. Jeff is like a teacher to me, teaching me pride and passion in my work, the important things in my life, and many other things. Jeff, who values the invisible, is mysterious and at the same time broad-minded. He has very much fascinated me since I met him.

    A usual scene of Jeff Ho, at a skate park in Venice, where regulars gather as the sun goes down.

    Char
    Photographer. He captures the soul that dwells in all things and the universality that exists within with his unique perspective and is active in a variety of fields beyond the realm of documentaries. The light he captures while coexisting with nature is powerful and full of the radiance of life.
    www.charfilm.com